1000回に1回の頻度で間違いを言う人は信用されますが、1000回に1回の頻度で間違う計算機はゴミ箱に捨てられます。
うーむ。間違う確率は同じなのに何が違うのでしょうか。と考えると、いろいろテクノロジーが発達している世の中でも人間の知性とかは有用なのかもしれません。
まあ絶対的正解が求められるか、それとも高確率の正解で良しとされるかの違いもあるかもしれません。誰にも間違いはある、だって人間だもの、と寛容にとらえることができるのかもしれませんね。ただ計算機はそうはいきません。間違わないものと思われていると、たまに間違う計算機は捨てられてしまいます。
あとは人にもよるのかなあ。暗算検定八段とかの人は計算機の間違いに気が付けるから「あはは、間違いやがった」とかで済ませられるかもしれませんねえ(そもそも暗算八段に計算機が必要かは知りませんが)。
同じ現象なのに対象が違うといろいろ見方が変わってくるなあ、と、たまに同僚にものを聞かれて勘違いの答えを返して後で疑問に思い調べなおすとやっぱり勘違いだった、正しくはこうだと言いなおす自分を見返してそう思います。
私は1000回に一度どころかもっと間違う計算機なのにみんな(こき)使うんですよねえ。